絵と本

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本命、いただきました
DELMEL

これが、シンプルで一番美味しい。
猫の「舌」に注目。
DELMEL_中

箱の裏蓋もさすがに凝ってます。

DELMEL ウチ箱


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阪神淡路大震災から17年
1995年1月17日、兵庫県西宮市で出産予定日を迎えていた次男は、
5日遅れで無事誕生。今年、17歳。今も「明日」は、来ている。

「 1.17から17年。未明の淡路島で東北に届けと『上を向いて歩こう』。
 今年の卒業式には君が代より これがいい。」
(2012年1月17日 朝日新聞 "素粒子"より)

命、絆、希望。
1.17から、3.11へ。

生かされたことに感謝。
活かされることに多謝。

毎日毎朝、以下のことを自然に思い出したい・・・
9.11同時テロの後、アメリカで朗読され、世界中が涙した詩
+++++++++++++++++

最後だとわかっていたなら
作/ノーマ・コーネット・マレック
訳/佐川 睦   

あなたが眠りにつくのを見るのが
最後だとわかっていたら
わたしは もっとちゃんとカバーをかけて
神様にその魂を守ってくださるように
祈っただろう

あなたがドアを出て行くのを見るのが
最後だとわかっていたら
わたしは あなたを抱きしめて キスをして
そしてまたもう一度呼び寄せて
抱きしめただろう

あなたが喜びに満ちた声をあげるのを聞くのが
最後だとわかっていたら
わたしは その一部始終をビデオにとって
毎日繰り返し見ただろう

あなたは言わなくても
わかってくれていたかもしれないけれど
最後だとわかっていたら
一言だけでもいい・・・「あなたを愛してる」と
わたしは 伝えただろう

たしかにいつも明日はやってくる
でももしそれがわたしの勘違いで
今日で全てが終わるのだとしたら、
わたしは 今日
どんなにあなたを愛しているか 伝えたい

そして わたしたちは 忘れないようにしたい
若い人にも 年老いた人にも
明日は誰にも約束されていないのだということを
愛する人を抱きしめられるのは
今日が最後になるかもしれないことを

明日が来るのを待っているなら
今日でもいいはず
もし明日が来ないとしたら
あなたは今日を後悔するだろうから

微笑みや 抱擁や キスをするための
ほんのちょっとの時間を
どうして惜しんだのかと
忙しさを理由に
その人の最後の願いとなってしまったことを
どうして してあげられなかったのかと

だから 今日
あなたの大切な人たちを
しっかりと抱きしめよう
そして その人を愛していること
いつでも
いつまでも大切な存在だということを
そっと伝えよう

「ごめんね」や「許してね」や
「ありがとう」や「気にしないで」を
伝える時を持とう
そうすれば もし明日が来ないとしても
あなたは後悔しないだろうから

+++++++++++++++++
有名人のポートレイトにも勝る "Small Trades"

small trades
                     IRVIN PENN
                   SMALL TRADES


アービング・ペンは、膨大な数の著名人のポートレイトを撮影しています。
しかし、本書は、彼のキャリア初期の"Small Trades"
「小さな商売人たち」とでも言うのでしょうか。
街で働く「労働者たち」の写真を1冊にまとめた写真集。
「街で働く人々」と簡単に言い表せない魅力的なポートレイト集めた一冊。
写真集にまとめられた数だけでも210。
おそらくいろいろな人間模様を抱えていた「Small Trades」たちは
みんなプライド高げに、カメラの前に寡黙に立って被写体となっています。
そうさせたのもアービングペンの写真家としての「技術」のひとつ
だったように感じます。

ペンキ職人、ウェイター、石炭労働者、ダンス教師、雑役婦、
消防士、お針子、彫刻モデルなど、様々な仕事着と道具とともに、
シンプルな背景と自然光で撮影されています。
これだけの人々を撮り続けた写真は、
肖像写真としてのクオリティの高さを語ると同時に、
彼の文化人類学者のような眼差しを持って
人々を見続けたようにも思えます。
国が変われば、同じペンキ屋さんのスタイルも変わります。
俳優、作家などの著名人は、ひと目見れば「誰」だとわかるけど、
「Small Trades」にとっては、機能的な仕事着も含めた容姿だけが存在の証明。
考えてみれば、アービングペンにとっては、
労働者の姿も、著名人の顔も「ファッション」の
一部にすぎなかったのかもしれません。

Paris, House Painter (1950)
small trades 3

London, Hpuse Painter (1950)
small trades 1

Paris, Waiter (1950)
small trades waiter
(この人は、Les Deux MagotsのGarçonらしい)
 

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アービングペンと三宅一生
Irving Penn & Issei Miyake 1
    IRVING PENN PHOTOGRAPHS
                         IN THE
           ISSEI MIYAKE COLLECTION


三宅一生氏がコレクションずるアービングペンの写真の図録。
濃いブルーのクロス地にシルバーの箔押しのタイトル。
24cm×27cm。印刷と装丁は、アメリカ。


Irving Penn & Issei Miyake 2

もっとも好きなカメラマンのひとりアービング・ペンは、
1943年にヴォーグ誌でカメラマンとして
働くようになり、約60年以上に渡って、ファッション、静物、
ポートレートなどの分野で作家活動を続けました。

そのアーヴィング・ペンと三宅一生氏との

Visual Dialogueともいう展覧会が
21_21 DESIGN SIGHTで行われています。

1983年に、ボーグ誌のためにはじめて三宅一生氏の服を撮影してから
がふたりの交流のはじまり。このコラボレーションを
田中一光氏ディレクションのポスターで長年目にしてきた。
驚くのは、三宅氏は、アービングペンの撮影に対して、
クリエイティブなディレクションをすることは一切なかったそうです。

ペンは、三宅一生氏から送られてくる新しい作品である服を
撮影する前にかならず綿密なスケッチを行った形跡は同展覧会で見ることができました。。
服を着たモデルとその動きを見ながらイメージを膨らませて気に入った形が
決まるとそこでモデルの動きを止めてスケッチをおこす。
常に、服を理解して、「命」をあたえるモデル選びをしたのだそうです。

カメラの前に立っていきなりシャッターを押すことなんてありえないのですね。
そのスケッチと写真、ポスターの
Visual Dialogueを同展覧会で
見ることができたのはとても幸いでした。
そして、今日は、その尊敬するアービングペンの三回忌合掌

penn poster
© Copyright 2007-2011 21_21 DESIGN SIGHT
追悼 スティーブ・ジョブズ
ふだん意識していたより、ものすごい影響を
受けていたのだとあらためて感じています。

スティーブ・ジョブズがアップル社に復帰した
1997年に作られたCM「Think Different」シリーズは、
一生忘れません。

CM本番の朗読は、リチャード・ドレファス。
この朗読をスティーブ・ジョブズ本人が行った未公開バージョンの
動画が存在してるとS.F.在住の姉が教えてくれました。
Apple Steve Jobs The Crazy Ones - NEVER BEFORE AIRED 1997

Here’s to the crazy ones. 

The misfits.
The rebels.
The troublemakers.
The round pegs in the square holes.
The ones who see things differently.

They’re not fond of rules.
And they have no respect for the status quo.

You can quote them, disagree with them, glorify or vilify them.
About the only thing you cant do is ignore them.
Because they change things.

They push the human race forward.
Maybe they have to be crazy.

While some see them as the crazy ones,
we see genius.

Because the people who are crazy enough to think
they can change the world, are the ones who do.

クレージーな人たちがいる。
反逆者、厄介者と呼ばれる人たち。
四角い穴に丸い杭を打ち込むように
物事をまるで違う目で見る人たち

彼らは規則を嫌う。彼らは現状を肯定しない。

彼らの言葉に心をうたれる人がいる。
反対する人も、賞賛する人も、けなす人もいる。
しかし、彼らを無視することは、誰にも出来ない。
なぜなら、彼らは物事を変えたからだ。

彼らは人間を前進させた。
彼らはクレージーと言われるが

私たちは彼らを天才だと思う。

自分が世界を変えられると
本気で信じる人たちこそが
本当に世界を変えているのだから。



"シュシュクル"という焼き菓子屋さん
BOX

近所に、「SUSUCRE(シュシュクル)」という
焼き菓子屋さんを発見。
ザラッとした素材のプリミティブな紙でできた箱に
好きなクッキーを選んでパッケージしてくれる
単色刷りで子どもとウサギが手をつなぐイラスト。
どこかで見たことがあるタッチの絵・・・・。

おかし

まず、お菓子のカタチと、ネーミングがおもしろい。
「くるくるいちご」とか、「ぷりぷりはーと」とか。
いや、冗談じゃなくてね、手のひらでぎゅっとにぎった
クッキーとかあるわけ。

そうそう、気になるのはお味。
「…うまい」。正確には、私にとってはとてもうまい。
クッキーのことは、詳しくありませんが、
上新粉を使用したさくさく、ほろほろとした食感。
この口溶けの良いクッキーが私は好きなのです。

世の中的には、クッキーはざっくりと
以下のように分類されているらしい。

しっかり

|<ビスケット
|<クッキー(にも色々あるらしい)
|<サブレー
|<ショートブレッド・クッキー

さくさく

私は、ほんとは、どれも好きなんですけどね。

ぐりとぐら_s.jpg

さて、「SUSUSCRE」さんのパッケージのお話にもどるのですが、
おそらくは、たいていの方は、この絵本のお世話になったんじゃないかな。
ずいぶんいい歳の私も、子どもの頃に読みました(というか家にあった)。
小さい頃、教科書のように誰の家にも一冊はあるもんだと思い込んでました。
その「ぐりとぐら」、やまわきゆりこさんの絵には何か普遍的な日常の味がある。
パッケージの絵は、そのやまわきさんが描いているそうです。
そか、バターとお砂糖のいいにおいのする「SUSUCRE」さんのお店の空気は、
「ぐりとぐら」の黄色いカステラの空気と似ているのだな。

カルダーと言えばサーカス
calder circus 1

CALDER'S CIRCUS
Edited by Jean Lipman with Nancy Foote


カルダーといえば、モビールやスタビル(抽象鉄骨彫刻)を
思う言うかべる人が多いと思うけど、私の場合は、
なんといっても「サーカス」。

calder circus 2
空中ブランコに、馬の上での曲芸、踊り子、道化、
ナイフ投げ、猛獣使いとライオン・・・
デッサンの数も多いが、なんと言っても、
針金、ブリキ、布きれで自作さえれた人形や動物たちが
動く様子は、人生で一度は、見たりいじったりつくったりしたことがある
カタチの延長線上にあうるもの。だからと、いって誰でも
作れるものではないのですけどね。
カルダーの、デッサン力と観察力がつくりだすカタチ。

calder circus 1

カルダーがみずから生みだしたキャラクターを、
みずから動かす「サーカスショー」は、ビデオにも
残っている。

calder circus 4
© 1972 by museum of American art
circus Figures Photographed by Marvichwartz

‪Alexander Calder performs his "Circus" - Whitney Museum‬
http://www.youtube.com/watch?v=t6jwnu8Izy0

アレキサンダー・カルダー/Alexander Calder
Calder Whitney Museum_S.jpg

アレクサンダー・カルダーの誕生日とGoogleで知った。
はじめてニューヨークに行ったのが、かれこれ
30年前
その時、Whitney Museum of American Art / N.Y.
で見たカルダー展の図録のことを思い出した。

3650日、つづけていること

ilpiatto 10th anniv

10年間つづけている何かを持っていますか?


移り変わりが激しいこの時代に、

10年間変わらぬポリシーをもってお客様への

持てなしを考えるを貫くことは、

難しく勇気を必要とすることだと思います。

その「勇気」には、自然とエールを
送りたくなるものです。

面と向かって言うのは照れくさいですけれど
いつも変わらぬ味とお持てなしをありがとう。
そして、10周年おめでとう。


イタリア土産
haganesan_italia_s

友だちのイタリア土産。

厚さ1cmほどの木の板に、おそらくアクリルのガッシュで
描いたのだと思う。
裏側に、「ARTIGIANATO IN VENETIA」とあった。