絵と本

<< March 2018 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
<< 阪神淡路大震災から17年 | main | ベンシャーン、20年ぶりの大回顧展 >>
本命、いただきました
DELMEL

これが、シンプルで一番美味しい。
猫の「舌」に注目。
DELMEL_中

箱の裏蓋もさすがに凝ってます。

DELMEL ウチ箱


DEMEL's History デメルの歴史

1786年ハプスブルク家ゆかりの地で生まれたカフェ・コンディトライ「デメル」。
「デメル」の歴史は、フランス革命から遡ること3年、1786年に始まったそうです。
そして220年以上のときを経 た今でも、世界の洋菓子舗として、
世界の人々に愛され続けている、歴史は長いですね。
オーストリア皇帝として長きにわたりヨーロッパに君臨した
ハプスブルク家の紋章 を今もブランドマークとして使用している「デメル」。
その歴史はまさにウィーンの歴史、ハプスブルク家の歴史とともにあったようです。
王宮劇場とデメルの店は地下道で繋がっていた

ときのヨーロッパでは、当時貴重な砂糖を使ったお菓子を皇帝やその家族、王侯貴族らのために作る「ツッカーベッカー」と呼ばれる菓子職人がいました。その一人、ルートヴィッヒ・デーネが、王宮劇場の舞台側入り口の前に、ロココ様式の店を開きました。この店が現在の「デメル」の原型ということです。 かのマリー・アントワネットの母であり、ハプスブルク家の中でも女帝の誉れ高きマリア・テレジアの長男、ヨーゼフ2世の統治時代のこと。そして 1799年、初代ルードヴィッヒが亡くなった年に店はウィーン王宮御用達菓子司となり、その後、王宮劇場に寄り添うように時代を刻んできました。店と劇場 は地下道でつながっており、劇場での催し物があるたびに、この地下道を使ってお菓子を運んでいたのです。なんとも贅沢な、回廊。

デメルを訪れずしてウィーンを語るなかれ

初代の息子、アウグストは政界入り。次代の役割を店の職人長、クリストフ・デメルに譲りました。歴史はまさにフランス革命からナポレオン戦争と激動の時代を迎え、ウィーンもまた国際都市としてヨーロッパの中心的役割を果たすことになります。
1814年、ウィーン会議が開催され、そこに集まる王侯貴族たちのために、ウィーンの菓子職人たちは腕を競い合ったそうです。そりゃそうです、王宮御用達になるかならないかの差は、雲泥の差が会ったと思います。必死にならざるをえない。
1867年、クリストフが亡くなると息子のヨーゼフとカールが店を継ぎ、店名も「クリストフ・デメルの息子たち」と改められました。この店名が今も受け継がれているそうです。
1888年、店舗も王宮劇場の移転に伴い、現在の場所である王宮そばのコールマルクト14番地に引越し。「デメルを訪れずしてウィーンを語るなかれ」と言われた王宮との深い縁を感じさせます。「デメル」の歴史は、重厚な石造りの建物をシンボルに、今も脈々と受け継がれているといったところでしょうか。

 
猫も好き・・・
チョコも好き・・・
ということは、これしかないですね☆
iz | 2012/03/13 17:00
COMMENT









Trackback URL
http://etohon.jp/trackback/52
TRACKBACK