絵と本

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きりの中のサーカス ブル−ノ・ムナーリ作

霧の中のサーカス_J_1
 

30年ほど前になるのか。
ブルーノ・ムナーリの名前を知り、おそらく
はじめて手にした作品がこの絵本だった。

 

1968年にイタリアで初版本発行。
1981年に八木田宜子さんが日本語に翻訳、好学社から初版本が出版。
その後、絶版となり、2001年に谷川俊太郎さんの翻訳で
再びフレーベル社から復刻。彼の絵本作品の中でも代表作だ。(と思っている)

 

はじめて頁を開いたとき「こんなのあり?」が、最初に思ったこと。
他のどんな絵本とも違っていた。印象は「絵本」ではなかった。
言葉よりも、素材、色や形を駆使して、1cm以下の束の中に、
深い奥行きとリアルな空間を作り出している「画集」、という趣。
多色刷りで、異なる色のファインペーパーをふんだんに使い、
型抜き、断裁がされて造本としては、贅沢だし加工も難しい。

 

「トレーシングペーパーって、向こう側がぼんやり見えて、
まるで霧の中にでもいるようじゃない?」と子どもに説明するまでもなく
直感で靄のかかった街がそこにあるように意図的に計算してつくっている。
それがリアルなのである。今でこそバーチャルリアルといえば、仮想現実空間と
みんなわかるけど、これは、アナログなVR。そんな感覚だった。
透けているから、うっすらと霧の向こうに見える風景に誘われて
自然と手は、次のページをめくる。
「言葉」が、ストーリーをつくりだしているのではなく、
ページをめくる度に表れる「絵」が、自然と言葉を語らせてくれる。
「信号機だ」「青になった」・・・・・絵本としての
物語が最低限の活字で構成されている。

「感動」という情緒的な気持ちより、物質的にこんな印刷はありか!?

という則物的な思考だけが残った。

 

後々、「ブル−ノ・ムナーリ」が、デザイナーとしても、
美術家、哲学者としても偉大な存在であることを知るきっかけとなり、
アイデアを形にすることは、ボワッとしたイメージを、
カチッと現実世界の

高度な技術で絵にすることなんだ、と身体に染みこませてくれた一冊です。
 

きりの中のサーカス_J_中面1

「1981年 日本語 好学社版」は、表4に洒落た細工がされている。
トレーシングペーパーで、透けたその奥を向こう側、つまり裏側から見たような
気持ちにさせる反転(鏡像に)した文字でタイトルが載せてある。
ブル−ノ・ムナーリ本人の日本語出版にのみ施したアイデアなのか、
編集のプロセスで生まれたアイデアなのか・・・。
最後の最後まで、なんて遊び心に溢れているんだろう。
この一冊から、グラフィックデザインの深さと、向き合い方を思い知らされた。

よもや、自分の長男の名前が「ブル−ノ」となるとは、
まだ思いもよらなかった時代の作品である。


きりの中のサーカス_J_表4
作 ブル−ノ・ムナーリ
『きりの中のサーカス』(NELLA NEBBIA DI MILANO)
訳 八木田宜子
株式会社好学社刊 
第1刷/1981年6月2日 第2刷/1989月12月4日*
[日本語版]

モーリス・センダック追悼
The Art of Maurice Sendak_
            The Art of Maurice Sendak
                    Selma G.Lanes

残念です。
実写映画化もされた「かいじゅうたちのいるところ」で有名な
絵本作家のモーリス・センダック氏が逝ってしまいました。

好きな絵本作家は、優秀な画家であるのと同時に
優秀な図案化(デザイナー)でもあることが多いです。
その中でも「最も好きな作家10人」に入る人でした。
ただ絵を描くだけではなく、絵本の装丁からもわかるように
マークから、フレームのあしらいまで自分で手がけます。
つまり単なる絵描きではなくデザイナーでもあったのです。

イギリスのランドルフ・コールデコット(1846-1886)という有名な
イラストレーターに憧れてその模写をよくしていたそうです。
センダックの細密画のようなタッチの画風や画面構成は、
このような19世紀の古典イラストレーションから
多くの影響を受けたのでしょう。

それだけではなく、彼のデッサン力は、とても高いものでした。
スケッチや、下書きの多くを見ていても、しっかりとした素描力が
あの独特の細密の世界をつくりあげていることがよくわかります。

この「The Art of Maurice Sendak」の中には、それらの素描から
絵本の作品はもちろん、図案や、ニュースペーパーの挿絵、さらに
動くおもちゃや、絵本のシンボルマークに至るまで
網羅されており、彼の魅力を多く感じられる良書です。
同時に学びをを多く得られる本でもります。
しみじみとすべてを見直し哀悼の意を表します。

sendak 1
Mechanical toys. 1948

sendak 3
Where the Wild Things Are. 1955

sendak 2
In The Night Kitchen. 1970

Illustrations ⓒ 1980 Maurice Sendak
ここが家だ ベンシャーンの第五福竜丸
ここが家だ_カバーあり_s
                  絵 ベンシャーン
          構成/文 アーサー・ビナード
                   装丁 和田 誠

画家ベンシャーンと詩人アーサー・ビナードの言葉が、
第五福竜丸を通して、反原水爆を訴える一冊。

++++++

1954年3月1日、マーシャル諸島のビキニ環礁で、アメリカが水爆実験を行った。
それは広島型原爆の1000倍を超え、きのこ雲は35キロメートルの上空まで昇った。大量の放射能が潮流にのって太平洋を広く汚染し、気流によって北極まで運ばれ、また放射能雨となって日本全土を含む広範囲に降り注いだ。マーシャル諸島の住民が被爆し、ビキニ環礁の近くで操業していた遠洋マグロ漁船の第五福竜丸も、死の灰をもろに浴びた。「近くで」とはいえ、第五福竜丸は米軍が定めた危険区域の外の公海で、延縄漁(はえなわ)をしていただけだった。
 「水平線にかかった雲の向こう側から太陽が昇る時のような明るい現象が3分くらい続いた」と、無線長の久保山愛吉が、爆発時の様子を語った。経験豊かな彼は、自分たちが軍事機密に遭遇してしまったことを察知し、仲間に大声で言ったーーー「船や飛行機が見えたら知らせよ。その時は、すぐに焼津に無線を打ち、自分たちの位置を知らせる。そうでなければ無線を打たない」。発信が傍受されれば、自分たちが攻撃目標にされかねないことも分かっていた。
 死の灰にまみれて、放射能病に耐えながら、第五福竜丸の23人の乗組員は自力で二週間かかって母港の静岡県焼津に帰った。自らの体験を語り、水爆の生き証人となった。世界的な原水爆禁止の動きは、彼らの勇敢な行動から始まったのだ。
 その後、核実験は2000回以上も繰り返されてきたが、人類がこれまで「核の冬」を回避し、絶滅に至らなかったのは、核兵器の使用を断固許さない市民の意識によるところが大きい。しかし現在、小型核兵器の新たな開発が進められ、21世紀の戦争でそれが使われる危険性は、高まりつつある。そんな愚行を断固許さない市民の意識が、ますます大事になってくる。
 ベンシャーンはLucky Dragon Seriesの連作を、無線長の久保山愛吉を主人公にして描いたが、そのことについてこう語っている。
「放射能で死亡した無線長は、あなたや私と同じ、ひとりの人間だった。第五福竜丸のシリーズで、彼を描くというよりも私たちみなを描こうとした。久保山さんが息をひきとり、彼の奥さんの悲しみを慰めている人は、夫を失った妻の悲しみそのものと向き合っている。亡くなる前、幼い娘を抱き上げた久保山さんは、我が子を抱き上げるすべての父だ」

+++「石に刻む線 アーサービナード」より抜粋 Text copyright ⓒ Arthur Binard,2006


ここが家だ_カバーなし_s

カバーをはずした本表紙。

ここが家だ__s

カバーの背の部分。

「ここが家だ」に関するブログ:
松岡正剛「千夜千冊」1207夜 
ベン・シャーン&アーサー・ビナード
ここが家だ
Ben Shahn & Arthur Binard 2006

集英社 2006
42年前のベンシャーン展
Benshahan 70s
                     ベンシャーン展
                    デザイン:原 弘

戦前から戦後にかけて、アメリカ絵画の近代化に
大きな足跡を残したベンシャーン。
そのベンシャーンが1969年、70歳の生涯をとじた約1年後に
東京国立近代美術館で開催されたときの図録。

ben shahan 70s_中表紙

ベン・シャーンは、中学卒業と同時に
マンハッタンのリトグラフ工房で石版工の見習いをしていました。
家計を助けるためもあったそうですが、熟練の職人のもとで働き、
貴重な修行体験でもあったようです。
石の表面に写さなければならない絵や文字と毎日触れ、学び、デザイン感覚を鍛えて、
版画の技術を身につけていきました。

「石版工として、石の抵抗に負けず、
迷いもブレもなく線を彫り込むことを覚えた。
そののち美術学校で勉強して、様々な画法を試して、
たくさんの絵を描いたが、強い線を手放そうとはしなかった。
線の力が、もはや自分の気質の一部となり、
毛筆で描くときでも、私は石に刻む線を描いている」

(晩年のベンシャーンの言葉
「石に刻む線 アーサービナード」より抜粋 Text copyright ⓒ Arthur Binard,2006)

ベンシャーン、20年ぶりの大回顧展
ben shahan CrossMedia

人間愛に満ち、人間の心に深く響く絵。
多大なる影響を受けた絵。(残念ながら人物には会えなかったけど)
ベンシャーンとの出会いは、30年以上も前。
今、20年ぶりの大開個展が開催されている。
神奈川県立近代美術館葉山で、
原画を再び目の当たりにすることができてとてもうれしい。

しかし、残念な知らせが。
「米国で活躍し、核の問題や戦争、貧困をテーマにした作品を残した
画家ベン・シャーンの国内巡回展のうち、6月から開催を予定している
福島県立美術館に対し、米国の美術館7館が所蔵作品の貸し出しを
とりやめていることがわかった。東京電力福島第一原発事故による
放射能への不安などが理由だという」
(2012年2月26日 朝日新聞)



コーネルの箱
コーネルの箱

「箱の芸術家」ジョゼフ・コーネル
の作品に詩を付けたのは、詩集「世界は終わらない」で
ピューリッツァ賞(1990)を受賞したチャールズ・シミック。


コーネルの箱の世界をWEB上で体験できる
インタラクティブなコンテンツを
ボストンの「ピーボディー・エセックス博物館
のWEBで公開している。
PEM|Joseph Cornell Interactive

Joseph Cornell 展


Joseph Cornell_s

ジョゼフ・コーネル×高橋睦郎「箱宇宙を讃えて」

川村記念美術館が所蔵するコーネル作品16点の図版に加え、
高橋睦郎の詩「この世あるいは箱の人」と
新作詩16篇、コーネル小論を収録した書籍。

本文は、フランス綴じされた袋状の頁を
水牛の角でできたペーパナイフで
1頁づつカットしていくあしらいになっている。

Joseph Cornell 2

同展の図録として制作された。
活版印刷で刷られたテキストは、エッジはにじみ
頼りなげだが逆にペンなどで書く筆圧を感じる。
「活版印刷」どうしてこんなに気持ちを引きつけるのだろう。
紙の風合いと、印刷された面の質感が良いからなのだが
その「良い」は、何なのだろう。
オフセットで、コート系の紙(塗工紙)に印刷されたものよりも
明らかに再現性は劣るのに、「良い」と思うのは、
凸版や、活版印刷がもつ背景に由来するのだと思う。
そういえば、「木版」にも同じ感覚をおぼえるのは、
プリミティブな風合いと印刷した面のでこぼこという
手触りが残るからだろう。
漉いた紙のような手触りのある紙に施されたこの印刷には、
消費してすぐに無くなってしまう感覚がなく
物質としての存在感を維持しているから
「良い」のだろうなぁ。

Joseph Cornell 4
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様々な『不思議の国のアリス』
Tove Jansson_Alice

トーベ・ヤンソン(Tove Jansson)といえば、『ムーミン』。
ヤンソンは、スウェーデン生まれのフィンランド人。
彼女は、フィンランド語版の『不思議の国のアリス』(1966年)
のために挿絵を描き下ろしている。本国ではすでに絶版。
ジョン・テニエル(Jhon Tenniel/イギリス)の挿絵を
見慣れている人たちには、違和感があると思う。
登場するキャラクターは、ヤンソンのイラスト独特の憂えげで、
どことなくさびしさが漂う雰囲気があり、この絵の世界が、
『不思議の国のアリス』だとイメージしている人たちも多くいたのだと思う。
日本では、ムーミンの声といったら、岸田今日子さんを思い浮かべるように
フィンランドでは、「アリス」といえば、トーベ・ヤンソンだったのかも知れない。
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ALICE'S ADVENTURES UNDER GROUND
AliceAdventureUnderGround

『アリスの地下冒険』。
この本は、1863年に、ルイス・キャロル(Lewis Carroll)、
本名、チャールズ・ラトウィッジ・ドジソン (Charles Lutwidge Dodgson)が、
自らテキストを自筆し挿絵も描いた原書の復刻版である。
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ALiCE IN WONDERLaND
paperback_alice im wonderland
PUFFIN BOOKS / Published by Penguin Groups

映画「ALICE IN WONDERLAND」を見た。
正確にいえば、ティム・バートンとジョニー・デップ版の
「ALICE IN WONDERLAND」を見た。
『不思議の国のアリス』は、実写からアニメまで多数映像化されている。
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